目次

昭和三十六年頃、前座時代のことだ。
私は落語家入門して芸名を師匠(私の師は八代目林家正蔵)から授かり、
林家木久蔵の名で寄席の楽屋で働いていた。

何しろ下っ端なので、高座返しの座布団役※は回ってこない。
楽屋のお茶出し役として、来る日も来る日も急須を握りっぱなし。
「前座さん、お茶!」とエライ芸人さんから声をかけられるたびに、
くるくるとお茶を注ぎに走り回る。

※座布団役:寄席で前の演者が終わり、次の演者が上がる前に座布団をひっくり返す役。
 (9931)

毎日お茶出しの仕事を続けていて、私は気が付いた。
人によって好みは違うから、同じものを湯呑に注いでもダメということに。

熱く濃いお茶を好む古典落語の名人。
ぬるくて淡いお茶を好む猫舌の師匠。
糖尿で冷たい水しか飲まない師匠。
一席しゃべる前に一杯、降りてきて着替えてもう一杯の人。
自前の魔法瓶持参で楽屋の飲み物は一切口にしない先輩。
ややこしいので一覧表をこしらえ、
それに沿ってお茶を淹れていたら前座仲間から褒められた。
さらにそれをコピーして配り、私、木久蔵の楽屋人気は上がったのである。

物にこだわるタチの私は、湯呑をお盆にたくさん並べて急須の茶を注ぐ際、
もう少し手早くできないかなと思い、友人の焼物師に二口急須というものを
こしらえてもらった。
その名の通り注ぎ口を二つにした急須で、
一度に二筋のお茶が出てくるのが何とも面白い。
これも楽屋で評判になり、俺もやりたいと前座仲間がお茶出しをやりたがったものだ。
二口急須

二口急須

参考画像:宇幸窯(水本陶苑)様より
私は運がいいのか、寄席取材で楽屋に出入りしている新聞社文化部の記者に
取り上げられ“木久蔵流二口急須”は世に出たのです。
「平等急須」と名付けて得意になっていたら、何と!
私の発明したモノが夫婦急須と名を変え、結婚式の引き出物として
デパートで売り出されました。
こちらは特許もとってないし……敵ながらアッパレ!と思うしかなかったなぁ。
林家木久扇(はやしや・きくおう)
1937年生まれの落語家、漫画家、画家、YouTuber。
漫画家を経て1960年に落語界入り。
1969年には日本テレビ「笑点」のレギュラーメンバー入り。
1973年に真打ちに昇進し、
2007年には落語界史上初の親子W襲名により「林家木久扇」となる。
時代に呼応した新鮮な話芸をもち、アート、ラーメン、絵画、歌、役者、エッセイなど、下町の粋を伝えるマルチな落語家としてお茶の間に人気。
2020年には念願のYouTuberデビュー。
HIKAKINに師事してKIKUKIN名義でチャンネルを開設。
そして同年8月には芸能生活60周年を迎えた。

関連する記事

著者