ある時、町で若者の集まりがあり、自分の怖い物について話をしていた。
「俺はなめくじが怖いよ」
「俺は蟻だ。あいつら一列になって動きやがる」
ほかにも蜘蛛だ、蛇だと大騒ぎ。
その中で一人、生意気な奴が
「俺ァ怖いものなんざァねぇ!蛇なんか鉢巻にしちまうわ!」
と強気になっている。しかし
「何かおめぇだって恐ェもンあるだろ」
「おめぇの本当に怖いものは何だ」
と周りから言われ
「ま、そう言われりゃ実は恐いものあるんだ。あるんだけども……言えねぇんだ」
「そりゃどうしてだい」
「言うとな、寒気してくるからよ」
「構わねぇから。おめぇの恐いもの言ってみな」
「俺が怖ぇのは……饅頭だ」
と白状させられる。
「まんじゅうってどういう動物だ?」
「店で売っているアレだよ!ああ、思い出しただけで気持ち悪い」
と具合が悪そうにしているので、仲間が隣の部屋に布団を敷いてやると、そいつは床に入って毛布で顔をおおってしまった。
これを見て、さんざん怖いもので馬鹿にされた仲間たちは
「さァ、シャクな野郎に仇討ちだ!」
と、町へ出かけて金を出し合い、菓子屋から唐饅頭、そば饅頭、栗饅頭、葛饅頭と、あらゆるものを買ってきた。
そして戻ってくると、まだ怖い怖いと布団を被って寝ている男の枕元に
ドサッと饅頭を放り込んだ。
「うああ!饅頭饅頭饅頭!俺が怖いって言ってるのに皆で枕元に並べやがって!ひでぇ野郎だ!」
と大きな声が聞こえてきて仲間はみんな大喜び。しかし
「酒饅頭、うん怖い怖い!いいアンコだ……栗饅頭、ウハハハ、怖いなァ……」
とだんだん様子が違ってくる。
「おい見てみろ!野郎、饅頭全部食っちまったぞ!こっちは一文無しだってぇのに!」
「これは謀られた。やい!てめぇが本当に怖いものは何だ!」
「えっへへ。ここいらで一杯、濃いお茶が怖い」
以上が教科書にも載った落語の名作であり、
古今亭志ん生師匠の十八番だった『饅頭怖い』だ。
小学校や中学、高校で古典落語を聞かせる「学校寄席」という企画がある。
全国和菓子協会が六月十六日を「和菓子の日」としているので
この『饅頭怖い』を六月の噺として演じることが多いのだが、
最近は学校にかけて「わが師(和菓子)の恩」と駄洒落を入れても
伝わらないことも多い。
聞けば卒業式の定番の歌だった「仰げば尊し」は歌詞が古語で難しく、
今ではまったく歌われず、曲の存在自体を知らない人もいるとか。
「トホホ……昭和は遠くなりにけり」
と我々噺家はため息をつくばかりだ。
「俺はなめくじが怖いよ」
「俺は蟻だ。あいつら一列になって動きやがる」
ほかにも蜘蛛だ、蛇だと大騒ぎ。
その中で一人、生意気な奴が
「俺ァ怖いものなんざァねぇ!蛇なんか鉢巻にしちまうわ!」
と強気になっている。しかし
「何かおめぇだって恐ェもンあるだろ」
「おめぇの本当に怖いものは何だ」
と周りから言われ
「ま、そう言われりゃ実は恐いものあるんだ。あるんだけども……言えねぇんだ」
「そりゃどうしてだい」
「言うとな、寒気してくるからよ」
「構わねぇから。おめぇの恐いもの言ってみな」
「俺が怖ぇのは……饅頭だ」
と白状させられる。
「まんじゅうってどういう動物だ?」
「店で売っているアレだよ!ああ、思い出しただけで気持ち悪い」
と具合が悪そうにしているので、仲間が隣の部屋に布団を敷いてやると、そいつは床に入って毛布で顔をおおってしまった。
これを見て、さんざん怖いもので馬鹿にされた仲間たちは
「さァ、シャクな野郎に仇討ちだ!」
と、町へ出かけて金を出し合い、菓子屋から唐饅頭、そば饅頭、栗饅頭、葛饅頭と、あらゆるものを買ってきた。
そして戻ってくると、まだ怖い怖いと布団を被って寝ている男の枕元に
ドサッと饅頭を放り込んだ。
「うああ!饅頭饅頭饅頭!俺が怖いって言ってるのに皆で枕元に並べやがって!ひでぇ野郎だ!」
と大きな声が聞こえてきて仲間はみんな大喜び。しかし
「酒饅頭、うん怖い怖い!いいアンコだ……栗饅頭、ウハハハ、怖いなァ……」
とだんだん様子が違ってくる。
「おい見てみろ!野郎、饅頭全部食っちまったぞ!こっちは一文無しだってぇのに!」
「これは謀られた。やい!てめぇが本当に怖いものは何だ!」
「えっへへ。ここいらで一杯、濃いお茶が怖い」
以上が教科書にも載った落語の名作であり、
古今亭志ん生師匠の十八番だった『饅頭怖い』だ。
小学校や中学、高校で古典落語を聞かせる「学校寄席」という企画がある。
全国和菓子協会が六月十六日を「和菓子の日」としているので
この『饅頭怖い』を六月の噺として演じることが多いのだが、
最近は学校にかけて「わが師(和菓子)の恩」と駄洒落を入れても
伝わらないことも多い。
聞けば卒業式の定番の歌だった「仰げば尊し」は歌詞が古語で難しく、
今ではまったく歌われず、曲の存在自体を知らない人もいるとか。
「トホホ……昭和は遠くなりにけり」
と我々噺家はため息をつくばかりだ。
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林家木久扇(はやしや・きくおう)
1937年生まれの落語家、漫画家、画家、YouTuber。
漫画家を経て1960年に落語界入り。
1969年には日本テレビ「笑点」のレギュラーメンバー入り。
1973年に真打ちに昇進し、
2007年には落語界史上初の親子W襲名により「林家木久扇」となる。
時代に呼応した新鮮な話芸をもち、アート、ラーメン、絵画、歌、役者、エッセイなど、下町の粋を伝えるマルチな落語家としてお茶の間に人気。
2020年には念願のYouTuberデビュー。
HIKAKINに師事してKIKUKIN名義でチャンネルを開設。
そして同年8月には芸能生活60周年を迎えた。
1937年生まれの落語家、漫画家、画家、YouTuber。
漫画家を経て1960年に落語界入り。
1969年には日本テレビ「笑点」のレギュラーメンバー入り。
1973年に真打ちに昇進し、
2007年には落語界史上初の親子W襲名により「林家木久扇」となる。
時代に呼応した新鮮な話芸をもち、アート、ラーメン、絵画、歌、役者、エッセイなど、下町の粋を伝えるマルチな落語家としてお茶の間に人気。
2020年には念願のYouTuberデビュー。
HIKAKINに師事してKIKUKIN名義でチャンネルを開設。
そして同年8月には芸能生活60周年を迎えた。